So-net無料ブログ作成

BABYMETALのライブを観にアメリカ西海岸へ渡った話。 [日記]

ogp.jpg

新しい趣味に出会うきっかけというのは往々にして外的な要因である事が多い。いや、寧ろ殆どと言って良い。「興味の有るものにしか興味が無い」以上、特に畑違いの分野においてわざわざ開拓しようなどという考えに及ぶ事は自分一人ではなかなか難しい。何かしらの外的な刺激が無ければそもそも存在すら認識できないという事があるからだ。

Twitterを始めて1年と8カ月。始めたきっかけはインターステラーをシドニーまで観に行った事だったが、その時私と同じ様にインターステラーを海外まで観に行っていた人が何人も確認でき、私の様に頭のおかしい人がいる事に嬉しくなったのを覚えている。今フォローさせてもらっている人は大体がその関係なのだが、その中の一人が今年の4月2日にイギリスに旅行するという出来事があった。何でもウェンブリーアリーナというコンサート会場で日本人アーティストとして初のライブが行なわれるらしく、そのために観に行ったとの事である。

日本人初。
何でも「BABYMETAL」という名前のグループらしいのだが名前自体は何となく、本当に何となくではあったが聞いた事のあるような記憶はあった。要はそれ位の印象である。成程、海外へライブコンサートを観に行くという行為は以前の自分からすれば随分と奇異なものではあったが、今となっては寧ろ普通の行為である。日常茶飯事だ。だから「日本人初」という箔が付くのであればなおさら日本人アーティストの海外公演を観にわざわざイギリスへ行くというのも理解できる。

BABYMETAL。
字面からしてそれがヘビーメタルの捩りである事は何となく分かった。曲は聴いた事は無かったが「子供がやっているヘビーメタルバンド」という非常にぼんやりとした情報も風の便りで何となく知ってはいた。いつどこで知ったのか全く覚えていないが。しかし変な話である。「ウェンブリー・アリーナでライブを行なう日本人初のアーティスト」なのに今の今まで曲を聴いたことがないのである。ここ数年は朝方にラジオを聞く機会が増えたがBABYMETALなる名前を耳にしたことはなかったし、TSUTAYA等のレンタルショップで曲が流れていた記憶も無い。私にとってはBABYMETALという存在は4月になって突然表れたと言っても過言ではなかったのである。

当の現地へ行った人については私からの一方的なフォロー関係だったので今までに面識は無かった。が、イギリス旅行をきっかけにふとした事からお世話になる出来事が起きた。こっちにはそのつもりは無かったので完全に不意打ちだったのだが、この時はまさか後にあんな事になるとは予想だにしていなかった。

4月16日。
お世話になった当人へのお礼として何か出来ないかと考えあぐねていた時、これをきっかけにBABYMETALの曲を聴いてみてはどうかという考えに至った。わざわざ海外まで観に行く程の存在という点において多少の興味はあったのと、当人にとってもファンが増えるのは嬉しいと思うのでこれも何かの縁と思う事にした。まあ言い方を変えると完全に「義理」である。

こういった縁を感じた時は思い切りが肝心なので極端な行動を取る事が多いのだが、何せ名前以外の情報が何も無いアーティストなのでCDを、それもアルバムをいきなり買うというのも中々ハードルが高い。それに今時ネット上では試聴出来るのが当たり前なのだから先ずはそこから試してみて気に入ったら買えばいいだけの事である。というワケでBABYMETALの既発のCDを調べた後、1stアルバムから順番に聴いてみるという結論に至った。まあ、入り口としては最も適切と言えるだろう。

なので聴いてみた。
BABYMETAL 1stアルバム第1曲目「BABYMETAL DEATH」を。


イントロでの荘厳なコーラスからの鋭いバスドラムとギターサウンド。野太い声にによる「BABYMETAL DEATH」のコーラス。正しく私がイメージしていた「ヘビーメタル」的なサウンドそのものである。だがここで一つ気付いたのが「本人達が演奏しているのでは無い」という事だった。てっきり本人達が演奏とボーカル両方を兼ねているとばかり思っていたので意外だったしある意味拍子抜けでもあった。そしてそのコーラスがしばらく続いた後、曲調が変化し楽器のサウンドだけが鳴り響くのだが、

「・・・歌は?」

歌声が無い。ギター、ベース、ドラム。野太いDEATHコール。そこにはBABYMETALという名前から想像されるBABY的要素が全く見当たらない。これでは只のHEAVY METALである。そう思った矢先、野太いDEATHコールの合間を縫って場違いな位の可愛らしい声が聞こえてくる。だが何を言っているのか聞き取れない。「~DEATH!」と部分的に辛うじて判別できるが、そういえばBABYMETALのメンバーの名前は〇〇METALという形式だったのを思い出した。成程、つまりこれはアルバムのイントロとしての曲でありメンバーの自己紹介の意味を兼ねているという事なのだろう。

でもこれ歌か!?

曲のコンセプトとしては理解できる。しかし曲そのものは理解が出来ない、というより意味が分からない。これを聴いてどうしろというのだ。野太いDEATHコールが延々と続く中断続的に辛うじて入る、歌声と言うのが憚られる程のメンバーの囁き。私のBABYMETALに対する最初の印象は何とも形容しがたい戸惑いであった。その反動からか、次の曲から受けた衝撃はこちらの想定を遥かに超えていた。

2曲目「メギツネ」。
私は普段HR/HM系の音楽を聴かない。聴くのは専らハウス系でHR/HMについては映画のサントラに収録されている限りでしか聞くことは無く、逆に言えば映画のサントラに収録される様な有名どころの曲ならば知ってはいた。私の中高生時代の洋楽のルーツは『マトリックス』のサントラへと遡る。
2Q==.jpg
劇中のスコアを収録したものでは無く、作品のイメージにあった既存のアーティストの曲を収録した所謂コンピレーション・アルバムである。マリリン・マンソン、ロブ・ゾンビ、ラムシュタイン、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンという錚々たる面子の超有名曲を収録したこのアルバムは洋楽の入り口としては申し分無かった。その後は『ミッション:インポッシブル2』『スパイダーマン』『ラッシュアワー2』等これらコンピレーション・アルバムによってHR/HMに留まらない多用なジャンルの曲を知る事になった。がしかし、それらが私を洋楽の道へと進ませる事は無かった。何故なら当時の私の生活環境は物理的に山を越えなければCDをレンタル出来ないような超ド田舎だったからである。まともなネット環境すらない、本を購入するのすらままならないため、興味はあっても広げる事が出来なかった。そうこうしている内に洋楽への興味は持続したまま熱意は薄れ、映画への興味が強まる一方でそれが芽を見せる事は無くなってしまった。

だからHR/HM、特にヘビーメタルに関しては全く知識が無かった。世間的に言われる「煩い」「騒がしい」「危なそう」という偏見のイメージは正に私のヘビーメタルに対する概念そのものであり、もはやそれは音楽のジャンルですら無かった。そして悲しい事に自分が今まで聴いてきた音楽にヘビーメタルが含まれていた事に全く気づいていなかったのである。

だから「メギツネ」を聴いた時は驚いた。HRよりでメタル色は薄い。だがそこには私が今まで聴いた事のない音が混じっていた。そう、三味線の音である。三味線自体は耳にした事はある。現物を目にした事もあるし生演奏も聴いた事がある。だが、ゴリゴリのハードロックな曲調に三味線の音を混ぜたのを聴いたのは初めてだった。しかもよくある尺八や和太鼓を混ぜた日本的な曲調の構成にするのではなく、あくまで三味線を取り入れたハードロックなのである。当然今までに他のアーティストがやっていないワケは無い。前例は当然あるだろう。だが私にとっては「メギツネ」が初めてだったのである。そしてそれはこの上なく格好良かった。超格好良かった。HR/HMというのはこういうアプローチも可能なのか。1曲目の「BABYMETAL DEATH」で戸惑っていた頭をハンマーで殴られたかの如き衝撃。この瞬間私は完膚なきまでにBABYMETALに心を奪われていた。1stアルバムの2曲目の時点で。

その後は手が止まることなく聴き続けていた。3曲目「ギミチョコ!!」、4曲目「いいね!」、5曲目「紅月-アカツキ-」、6曲目「ド・キ・ド・キ☆モーニング」。元々ハウス系の音楽を好んで聴いていたので、4つ打ちでシンセの音が前面に出るユーロビート的アレンジの「いいね!」は細胞レベルに響いてくるくらい心を掴まれた。そして6曲目を聴き終わった瞬間に確信した。これはCDを買わなければ駄目だと。そして視聴の手は止まった。中途半端な音では駄目だ。

そこからは早かった。

1stアルバムだけでなく2ndアルバム「METAL RESISTANCE」を、
614OHTckzvL._SX355_.jpg
ライブ映像の、
「LIVE 〜LEGEND I、D、Z APOCALYPSE〜」
「LIVE〜LEGEND 1999&1997 APOCALYPSE」
「LIVE AT BUDOKAN 〜RED NIGHT & BLACK NIGHT APOCALYPSE〜」
「LIVE IN LONDON -BABYMETAL WORLD TOUR 2014-」
これらライブBDを何かに急かされるかのように購入していた。
911qq4L9GwL._SL1500_.jpg
そして1stアルバムを聴き終えた、いや正確に言えば聴いている途中で謎の確信に至った。

「これはライブで観なければ駄目だ」と。

ライブ映像ではない。実際のライブコンサートである。調べてみるとBABYMETALデザインのTシャツというのがいくつかあるらしく、ライブではそれらを着ていく人が多いとの事。ならば私もそれに倣うとしよう。郷に入らば郷に従え。そうして1stアルバムを聴き終えて2週間後には2ndアルバム、BD一式とTシャツが目の前に揃っていた。自分でも意味が分からなかった。何故ならその時点ではまだ1stアルバムしか聴いていなかったからである。

BABYMETALのコンセプトは「アイドルとメタルの融合」である。昔はアイドルに興味があった。とはいっても熱狂的なものではなく周りで流行っていたからという受動的な動機に過ぎない。ゴマキの世代のモー娘。、所謂黄金期の頃である。元々受動的だったせいかその後はアイドルへの興味も薄れ、アイドル戦国時代が叫ばれる中、今の今までアイドルというジャンルに興味が沸く事は一度として無かった。楽曲自体に興味も持てなかったしアーティスト自体への、コンテンツとしてのアイドルにも興味が沸かなかった。

だから自分のBABYMETALに対する堰を切ったようなハマり具合には自分自身が一番驚いていた。恥ずかしながら私はライブに行った事が無かった。フェスすら無かった。興味もあまりなく、今までもこれからも一生関わりの無い世界の出来事だと思っていた。そんな自分がたった一枚のCDを聴いただけで名前しか知らない、見た事も無いアーティストのライブに行こうとしてしている。

調べてみるとBABYMETALは日本よりも海外での公演回数が圧倒的に多い。ヘビーメタルというジャンルの性質上海外の方が受け入れられる土壌があったのだろう。その時点では9月に東京ドームでライブが行なわれる事が決定していたので取り敢えず東京ドームのライブに参加する事は決まった。しかし9月である。5月の現時点でまだ4カ月も先の話である。そんなに待てない。早くライブが観たい。一刻も早く。謎の衝動が自分の中に生まれ、5月以降のBABYMETALのスケジュールを確認して決断は下った。

よし、先に海外へ観に行こう。

即決だった。5月4日から始まるUSツアーには流石に間に合わない。となると6月2日から始まるヨーロッパツアーが行けそうだがワンマンライブはスイスとドイツ、残りはフェスである。ドイツ語か・・・。英語の通じるイギリスならまだしも、ライブすら初めてで手一杯なのにその上ドイツ語となると流石にハードルが高すぎる。それに調べてみると航空券が高い。悔しいがヨーロッパツアーはお預けだ。となると確実なのは7月12日から始まる西海岸USツアーだろう。14日と15日にサンフランシスコとロサンゼルスで連日してワンマンライブが行なわれるので距離的にも丁度良い。シアトルにも行きたいが12日から一日空くのでスケジュール的に少々厳しい。まあ、2日連続でライブに行ければ十分だろう。それにハリウッド観光も出来るので一石二鳥である。決まりだ。

こうして私の人生初のライブ参戦が決定した。BABYMETALに出会って3週間の出来事である。


さて、ライブ参戦が決定したのは良いが私はまだBABYMETALについて1stアルバム以外の情報を何一つ知らない。いきなりライブBDを見るのも良いが折角色々と揃っているのだからここは順を追って調べていきたい。こういう時こそWikipedia様様である。

2010年に結成されたBABYMETAL。
何と既に6年の月日が経過していたが、つくづく自分のアンテナの感度の悪さに感心してしまう。この6年間でBABYMETALという名前を聞いたことがあっただろうか。いや、無い。この6年間でBABYMETALの楽曲を耳にした事があっただろうか。いや、無い。私は普段TVを観ないのだがそれにしてもここまで情報が入ってこないのも本当に驚きである。某有名アイドルグループなんぞはこちらが何もせずともあちらから向かってくるというのに。

しかしながらBABYMETALの海外での活動の多さには驚かされる。最初の頃こそ日本での活動がメインで海外での公演は1年に数えるほどだったが2014年ではその比率がほぼ同じになっている。中でもロックの本場イギリスでの気の入れようは半端ではなく、2014年11月8日のO2アカデミーでのライブでは日本に先駆けて新曲の披露がされている程である。日本で人気が無いわけでは無いのだろうが、日本人アーティストとしては異例ではないだろうか。しかも10代の少女のグループである。

2016年5月の時点で海外含めた公演の回数はおよそ100。繰り返すが10代の少女のグループである。本来は禁止されているらしいがライブやフェスでは参加したファンが撮影した「Fancam」と呼ばれる動画がネット上に多数アップされており、BABYMETALも例外ではなかったが何も知らない私にとってこれらは理解への良い足がかりになった。本来知りえない過去のライブの映像のアーカイブ。公式がアップしているのも含めfancamによってデビュー当時の2010年から順番にその活動履歴を追いかける事が出来た。

とはいったもののその数は膨大である。私が参加する7月14日のライブまで残り3カ月。その時点でアーカイブされる公演の数はおよそ122。一カ月に40個ものライブの映像を消化しなければならない。別にライブに参加するだけならそんな事をする必要は無かった。手持ちのライブBDを鑑賞してあとはネットに上げられているfancamを幾つかチェックすれば事は足りた筈である。しかしそれは出来なかった。何故ならその段階はとうに過ぎていたからである。最初の段階でここまで足を踏み入れておきながら後は手軽に楽しむというのも気持ちが治まらない。聞けば彼女らは毎回全力でライブを行なっているらしいではないか。ならばこちらも物見遊山の適当な心持で行く訳にはいかぬ。あちらが本気ならこちらも本気を出すのが筋というモノだろう。

それからというもの、来る日も来る日もライブの映像をチェックし、多数あるBABYMETALのまとめサイトをはしごしながら6年間の活動履歴を追いかけ、合間を縫ってはひたすらアルバムを聴き込むという日常が繰り返された。それまで主に映画鑑賞、ゲームに使っていた趣味の時間の殆どはBABYMETALのために費やされ当然ながら映画を観る回数、とりわけ映画館へ行く回数は激減した。また、ライブやフェスでは体力を消耗するらしいので体作りのために食事制限を始め、糖質を制限したたんぱく質中心の食生活と筋トレを始める事になった。3カ月でどこまで体を追い込めるかは程度が知れているだろうがやらないよりはましだろう。BABYMETALのライブを見てみると合いの手でかなり頻繁に腕を使っているので特に筋トレは必要だった。それに高校を卒業してからというもの、こういった時でなければまともに運動をする機会もないので丁度良い。

BABYMETALのライブの映像を順に追ってくのは骨が折れたが何より楽しかった。ボーカルのSU-METALとダンスのYUIMETAL、MOAMETAL。彼女ら3人がそれぞれのライブの中で曲に対して、ダンスに対して、観客に対してどの様な意識で挑んでいるのか。10代前半という肉体的成長が著しい時期においてライブに対するスタンスが肉体的、精神的にどう変化していくのか。fancamが殆どの公演を網羅している事によってそれらのアーカイブは彼女らの成長記録といっても過言では無かった。ボーカルとしてのSU-METALの歌唱力と声の伸びの成長具合、底知れぬ潜在能力を感じさせるプロフェッショナルとしてのYUIMETALのダンサーとしての器量、エンターテイナーとして常に観客に意識を向け自在に変化するMOAMETALの圧倒的なアイドル力。

ボーカルのSUに対するダンサーのYUIとMOAは最初の頃こそその存在意義には疑問を持ってはいたが、二人の身体的な成長が顕著になるにつれ二人のライブに対する意識の違いが徐々に顕在化されSU、YUI、MOAという三人がそれぞれ全く別の個性である事にも気付かされた。そして、BABYMETALというグループはボーカルのSUが単に年長的立場からリーダーとして振舞っているという単純な図式ではなく、彼女ら三人がそれぞれの役割を理解し、演じ、こなしている事で、決して誰かを中心に動いているわけではない事が最近分かってきた。

それにしても順番にライブの映像をチェックすると決めたとはいえ、3カ月というタイムリミットは中々に厳しいものがある。何せ2016年の4月1日の分までチェックしなければ2ndアルバムが聴けないからである。先に2ndアルバムを聴いてしまってもいいが、やはり当時のファンの受けた衝撃を可能な限りそのまま追体験したい。なのであくまで順番にチェックをしてはいたのだが、どう考えてもこの分量ではこのままだと2016年の4月1日をチェックする頃には6月後半になってしまう。そして実際そうなった。幸い2015年末前後の日本公演の大半は映像化されていないのでチェックせずにすんだのだが2ndアルバムを聞き込むのにもう1カ月も無い。そしてそれ以外にもライブ以外の文章での活動履歴も追わなければならないのである。

不幸中の幸いかBABYMETALはTVの露出が殆ど無くインタビューも少ない。その大半は雑誌の特集として組まれたもので現在でも購入可能な状態にあった。しかし、ここでまた新たな問題が浮上する。

果たしてインタビューを読んでいいものなのか。

インタビューを読めば制作側の思惑やその経緯、何より彼女らの意識を垣間見る事が出来る。が同時にそれらは受けてであるこちら側の意識を固定してしまう事にも繋がりかねない。いや、確実に固定してしまうだろう。BABYMETALというグループについてその楽曲とライブの様子という外形的な情報だけを把握している現在、もっと言うとBABYMETALという未だ見ぬアーティストへの憧憬だけに突き動かされている今の状態にそういった対象を具体化する、卑近なものへと置き換える様な具体的な情報を果たして得るべきなのだろうか。例えそれが理解への足がかりだとしてもそこまで知る必要があるのだろうか。彼女らが何を考えどの様な意識でライブに望んでいるのか。それを隅々まで調べ倒して初めてのライブに臨むのは単なる確認作業に思えてならない。音楽体験というのはもっと純粋な衝動から生まれるものではないのか。

とまあ、何だか堅い話になってしまったが、結果として私はこれを書いている今現在までインタビューの類は一切読んではいない。動画でのインタビュー等も然りである。いつかは見るだろう読むだろう。というか早く見たい。ただ、はっきり言えるのはそれらの情報を得ていない事によって、私の中で彼女らは未だに非現実的な存在に留まっているという事である。これについては後でまた書くが。

そうしてBABYMETAL、たんぱく質、筋トレで構成された日々を過ごし、とうとう7月を迎えた。残り2週間。海外渡航自体は何度もあるがアメリカに単独で行くのはこれが初めてである。幼少期をハリウッド映画で過ごした私の中ではニューヨーク、デトロイト、ロサンゼルスは殺人、強盗が日常茶飯事の犯罪都市なので先ずは生きて帰ってくるのが先決である(オイ)。今回は4泊6日(活動出来るのは実質3日間)の予定でライブ以外にも映画館巡りとワーナースタジオツアーを予定しているので例によって観光している暇は殆ど無い。そもそもライブの列待ちがあるので映画館に行けるかどうかも分からなかったのだが。

そこからはあっという間だった。多くの調べ物をしている内にドゥームズデイは来訪し私は鉄の棺桶に身を包みながら海を渡りかの地へと赴いた。


WP_000298.jpg
The Regency Ballroom / San Francisco

アメリカの気温は日中が20数℃、日の入り後は10数℃という事で日本での春頃の気候だと判断し、ジャケットは持っていかず上に羽織るのはシャツだけにしておいた。それに荷物も嵩張る。しかしそれが命取りだった。14日のサンフランシスコは風が強く日の照っている日中はまだ良かったが日の落ちてくる時間帯になると急激に冷え込んできたのである。陽気な西海岸の気候のイメージとは反対に夜間は驚くほど寒かった。シャツでなくジャケットを置いてきた事を後悔したが列に並んでいる人にはTシャツだけの人も少なくなく見ているこちらまで凍えそうだった。開場まではまだ2時間近くあり、一緒に並んでいる日本人の人との談笑の中で寒さを忘れようと必死だった。

そう、BABYMETALの海外公演では日本から観に来ている人が少なくなく、というよりかなり多く、14日のサンフランシスコだけでも20人以上は確認できた程である。顔見知りの人が多いらしく、また国籍に関わらずBABYMETALのライブの常連の人が結構な数で存在していた。VIPチケットの人は大体が常連の様だった。そんな中人生初ライブがBABYMETALの海外公演という私の様な人間は珍しかったのか、一緒に並んでいた日本人の方にその事を話すと素で驚いていた。

「えっ?ちょ、ちょっと待って!?おかしくない!?」

まあ、自分でもどうかしていると思う。貴方の仰る通り普通は手始めに国内のライブから始めてみるのが定石だろう。そもそも人生初ライブなのだからなおさらである。だが私は待てなかった。待てなかったのだ。1stアルバムを聴いたあの時から謎の衝動に突き動かされここまで来てしまったが、実のところ、もっと言えば6月10日にイギリスのドニントン・パークで行なわれたDownload Festivalですら一時は本気で行こうと考えていたのである。私にとってBABYMETALはそういった極端な選択を行なわせてしまう位の存在になっていた。未だデジタル情報でしか知らないBABYMETALという存在に海外にまで会いに行きたいというこの衝動。変な話、というか気持ち悪い表現で申し訳ないがこれはもう恋といっても過言ではない(キモい)。HR/HMはおろかアイドルすら興味が無かったのだからそれがどれ程の衝撃だったかは察して頂きたい。

やがて開場の19:30を迎え私達VIPの待機列はいち早く暖気を取り入れようと、そして少しでも前方の列を確保しようと入り口に設置された金属探知機ゲートへと進み始めた。会場の雰囲気は外観のイメージそのままで絢爛とまではいかないもののHR/HMのコンサートに似つかわしくない様な見事な内装の作りだった。観客ステージは長方形の段差の無いフラットな作りで、VIP席には専用の区切りがあるわけでもなく先着順に前から並んでいく様になっていた。そしてそれは地獄を意味してもいた。
d__GLmQG.jpg
私は前から2列目、右側のお立ち台の前に陣取る事が出来た。最前列が取れなかったのは悔しいがまあ初めてのライブでこれなら上出来だろう。周囲には何人か日本人も確認でき、私の右隣には待機列で話していた人が、左隣には如何にもな体格をした現地人と思われるアメリカ人ブラザーが並んでいた。そして私はこの時漸く気付いた。そして今まで気づかなかった事を後悔した。

ヤバイ、メッチャ体格良い。死ぬ。

BABYMETALのライブに行く際に色々と相談させて頂いた人曰く、海外のライブは日本よりも落ち着いて観られるからあまり警戒する必要は無いとの事だったが、それ以前に体格が全然違う事を完全に忘れていた。これはもはや筋トレどうこうのレベルではない。そしてそれは的中した。

開演時間から少し送れてバックバンドのメンバー、所謂「神バンド」が登場する。私にとってデジタル情報の中だけで存在していた彼らが今こうしてアナログ情報として、生身(神サマだけど)で目の前に存在している。凄い。全く現実感が無い。もはや思考は停止し言語中枢はその日の活動を終えようとしていた。おやすみなさい。その時の私は完全に本能だけで動いていた。そして神バンドがセッティングを開始し「BABYMETAL DEATH」のイントロが流れ始める。上がる歓声、震える空気。歓喜に震えるとはこの事だろうか。これが、ライブ。

やがて暗闇の下手側から彼女らが行進してくる。フードタオルを目元まで被り下を見ながら一歩ずつステージの中央へと歩みを進める。怒号にも近い観客席の盛り上がりの中、私が今までに見てきた100以上ものライブの映像そのままに冷静な面持ちでフードを脱ぎそれをステージ後方に置き見栄を切る。見知った風景でもあり、初めて見る風景でもあった。何とも不思議な感じだった。この3カ月間毎日考えていた事が今こうして目の前に起こっている。神バンドの存在と同じく、彼女らの存在を実際に目にしながらもそれはあまりにも非現実的だった。そして彼女らを前にした最初の感想は実に奇妙なものだった。

何これ、スゲー画質良い。

まるで超高精細な映像を観ているようだった。8K、120fps、HDR、BT.2020のBABYMETALのライブ映像。フレームレートが高く滑らかでコントラストが高く黒の落ち込みも良い高色域の映像。今までに見たどのライブ映像よりも解像感のある綺麗な映像で、まるで本物を見ているかのようだった。いや、確かにライブを観てはいたんだがステージと客席の間にある2m程の絶対的な空間が、より彼女らを非現実的な存在へと印象付けていたのである。

そして「SU-METAL DEATH。」「YUIMETAL DEATH。」「MOAMETAL DEATH。」と自己紹介をしながら彼女らが小さなステージを所狭しと走り回る最中、観客席前方では地獄が始まろうとしていた。いや既に始まっていた。Welcome to Hell。前述したように今回のライブ会場は柵の一切無い長方形のフラットな形状なので入れようと思えば人の数だけ入れる事が出来る作りになっている。ただし、その際は圧縮が必要不可欠となる。そう、圧縮されるのである。

1曲目の「BABYMETAL DEATH」からそれは既に顕著だった。彼女らを少しでも間近で観ようと後方の人間が前方へ我先にと進むため、元から前方にいる1~3列目の人間はそれらの煽りを受け四方八方からの圧縮を受ける事になる。前方の人は押されまいと、後方の人は我こそはと、早朝の山手線も真っ青な押し合いが始まったのである。完全に不意打ちだった。そして2列目である事を後悔した。圧縮の勢いは予想を完全に超えていて足元もおぼつかない状態で気を抜けば転倒してしまいそうなレベルだった。そんな状態なのでライブを観る一方で他の観客とも格闘しなければならならず、1曲目が終わった頃には完全に汗だくになっていた。

そして2曲目「ギミチョコ!!」。
Youtubeでの人気が凄いらしいこの曲だが、ライブでもそれは健在だった。イントロの段階で響き渡る歓声、そしてそれはこの場において戦闘開始のゴングでもあった。圧縮に次ぐ圧縮。1曲目よりも酷い。気が付けば私の両隣には屈強なブラザーが鎮座しており、曲の開始と共に丸太のような二の腕が両脇から飛び交い私の命を奪わんと暴れだした。

このままでは殺される。

先手必勝。殺られる前に殺れ。そこからは完全に意識が切り替わった。当初はライブを全力で楽しもうというスタンスだったが最早そんな悠長な事は言っていられない。圧縮、転倒、そして前方のポジションを奪わんとする後方からの侵略に対抗するため私は完全に戦闘態勢になっていた。これだけ(良い意味で)殺気立ったのは何年ぶりだろうか。ステージ上の彼女らのパフォーマンスに合わせて盛り上がりながら同時に周りの観客ともせめぎ合いを続ける。

お三方が休憩に入りバンドソロのパフォーマンスが始まっても圧縮は止まらない。次第に観客の圧縮によって生まれた熱気が周囲を包み始め息苦しくなる。周囲からの圧縮により胸部が圧迫されると同時に周囲の温度は上昇し酸素濃度は薄まっていくので、明瞭な思考が保てなくなり攻撃的な本性が徐々に目覚めてくる。幸か不幸か7曲目には攻撃的なサウンドの「Sis Anger」が入っておりこれが更に拍車をかけた。攻撃的になっていたのは私だけではなく周りの人間もそうで、気を抜いたら一巻の終わりといってもよかった。

そして運の悪い事に何故か私の後ろには恐らく小学生だろう、娘を連れた親子が参加しており、私の肩を叩いて娘を前方に移動して欲しいと言うではないか。あんた正気か。色んな意味で。まあ分からんでもない。娘に良い思いをさせたい母親の気持ちを無下にする事も出来ず、圧縮の最中私は何とかその娘を自分の隣まで移動させた。そして2曲ほど終わった時だろうか今度はその母親が娘を持ち上げて欲しいと言うではないか。マジか。色んな意味で。

ライブではクラウドサーフという現象が起こる。圧縮された人々の上に乗っかる状態で人の手によってステージ前方へと移動するものである。それがどう発生するのかは知らなかったのだが、それは今私の目の前で、いや私自身の手で行なわれようとしていた。犯人は私自身だったのだ。私は訳も分からずその母親と共に娘を押し上げ観客の手に委ねた。そして目の前で小学生位の女の子がクラウドサーフを行なっていた。それは出来の悪い悪夢の様な光景だった。

観客の熱気は収まることなく、圧縮によって最早自分の汗なのか周囲の汗なのか分からない程汗だくになりながらもライブは続いていった。そして迎えた9曲目「KARATE」。2ndアルバムでも1、2を争うキラーチューンでありライブ映えする曲。ロブ・ゾンビやラムシュタインの様なゴリゴリの重低音のサウンドは観客のボルテージを更に引き上げるが、私の肉体は偏重をきたしていた。圧縮による胸部への過度の圧迫が長時間続いたのと、酸素不足、水分不足により意識が朦朧としてきたのである。倒れるほどでは無かったが最後まで持つか怪しい感じではあった。

「KARATE」には中盤でコール&レスポンスがあり、SU-METALのボーカルに合わせて同じメロディラインを歌うのだが私には既にその気力も体力も無く辛うじて腕を掲げるのが精一杯だった。後はこれ以上胸部を圧迫されないように両腕で前方の空間を確保しながら何とか持ちこたえるのに勤めるのみだった。そうして「KARATE」が終わり間髪入れずに10曲目の「Road of Resistance」が始まった。その時の周りの反応を私は良く覚えている。イントロが流れ始めた時後方の辺りから「えっ、今からRoad of Resistance?絶対ヤバイよ。」などと囁く声が聞こえる。ああ、私も同感です。

角笛が鳴り響きBABYMETALの旗を掲げた彼女らがステージへと向かってくる。ずっと観たかった光景だったが正直素直に喜べない自分も居た。流石にこれは死ねる。そしてSU-METALのWall of Deathの合図によって我々前方の列は更に圧縮され、地獄の汽笛が鳴り響いた。

1・2・3・4!!

合図と共に後方の死の壁が唸りを上げ前方の観客は狂ったように騒ぎ出す。私には最早抗う術はなく前後左右からの圧縮にひたすら身を任せていた。吐き気が体中を巡り、留まる事を知らない2バスの連打の振動が容赦の無いボディーブローとなって腹部を襲う。これがライブか・・・。これがライブなのか・・・。かつて私の中にあった牧歌的なライブのイメージは遥か時空の彼方へと消え去り、後に残ったのは騒乱と狂乱だけだった。そうして気が付けば曲は終わり、彼女達は一旦ステージをはけ11曲目の「THE ONE」を知らせるイントロが流れ始めた。

助かった。「THE ONE」はプログレなので踊りが無く圧縮も無い。案の定周りの観客は落ち着き道端の地蔵の様になりを潜めながら曲を聴き入っていた。これなら最後までいけそうかと思ったがそうは問屋が卸さない。水分補給もままらないのにそんな短時間で体調が回復するはずもなく、「THE ONE」の半分くらいは目を開けることすら困難な状態で下を向いている有様だった。そして運の悪い事に皆が聴き入っている状態というのは、言い換えれば彼女らからもこちらが視認可能だという事であり、案の定お立ち台の正面に立っていた私はその身長も相俟ってMOAMETALから丸見えだった。私が下を向いて休んでいた状態を彼女が見ていたかは分からない。だが見られていようとなかろうと私としては非常に申し訳が無かった。前列にいながら下を向いて休むなんてのは以ての外だった。

だから「THE ONE」が終わった瞬間、体調も含めこれ以上は迷惑になると思い私はステージの脇へと即座に移動した。そして自分の体の消耗具合に驚いた。良くこれで今まで倒れなかったな。私と同じ様な人は何人かいたようで数人が移動しているのが確認できた。人の少ない脇へと移動する中、途中右足のふくらはぎに激痛が走った。足をつったのだ。これほどの痛みは生まれて初めてだった。足をつるってこういう事だったのか。何だか妙に笑えてきてしまった。幸い観客のステージ脇には巨大な扇風機が設置してあったので私はその目の前に座り込みひたすらふくらはぎをマッサージしていた。この扇風機がなかったらどうなっていたかと考えると恐ろしい。

扇風機の神様の力は偉大なもので万全とは程遠いものの体調は大分ましになった。その頃には既に最後の曲「イジメ、ダメ、ゼッタイ」が始まっており、彼女らの体を張ったパフォーマンスの大半は私のあずかり知らぬ所で繰り広げられその喧騒だけが頭上へ響いてきた。流石に全部見逃すワケにはいかないので何とか終盤は立ち上がり両腕でキツネサインを掲げながらそのエールの一端を担おうとした。やがて彼女らは挨拶の後「See you!!」の掛け声と共に手を振りながらステージ脇へと帰っていく。

終わった。人生初のライブが。初めてのBABYMETALのライブが。
そして会場内の熱気から一刻も早く逃れるため私は足早に会場の出口へと進む。当たり前だが人が多いので中々進まない。途中何度か壁にもたれながらも何とか人の波を掻き分け外へ出る。一気に下がる気温、体温。体に満ち溢れる酸素。倒れるような体調からは脱した様で大分気分も良くなった。外へ出た所へ丁度開場前に会話を交わしていた人を発見したので取り合えず挨拶に向かった。

その人は2階席から観ていた様で一階の前方で観ると言っていた私の安否を心配していたらしく、今回のライブの一部始終を伝えるとそれが普通だと笑ってくれた。因みに足もつった事があるそうな。その反応に安堵した一方でこれが普通なのかと半ば戦々恐々だった。何故なら明日もライブだからである。その人は12日のシアトルと14日のサンフランシスコで終わるようで、何やらシアトルのノリはかなり日本的な圧縮の多いものだったらしく、サンフランシスコのこの圧縮具合も不思議ではなかった、との事である。

明日の朝も早いので、打ち上げに参加したい気持ちを抑えつつその場を失礼して私は岐路についた。頭からつま先まで完全に汗だくで夜風が水を吸った衣服に当たる度に体が凍えそうになる。ライブの高揚感は最早薄れ頭は明日のライブの事で一杯だった。これが明日も繰り返されるのか・・・。心は完全に折れていた。正直このまま帰りたかった。それくらい精神的にも肉体的にも疲弊していた。だが既に高いカネを払っている(オイ)。このまま引き下がるわけにはいかないので明日は最前列が無理ならば圧縮の無い端へと移動して最初から観るとしよう。そう決意した。

こうして私の人生初のライブは散々な結果に終わった。


15日の朝。
飛行機が6時発なので3時に起きる。睡眠時間は2時間程度だった。満身創痍ここに極まれり。空港に向かいロサンゼルス行きの便へと搭乗する。この空飛ぶ鉄の棺桶は死地へと向かう我らの墓標となるのだろうか。

ロサンゼルス国際空港へと到着しあらかじめ調べておいたバスセンターを目指す。バスセンター行きのバスに乗りバスセンターに到着し案内板を見るも何か違う。係員に聞くとどうやら違うバスセンターらしい。ちょっとまてバスセンターが二つあるなんて聞いてないぞ。良く分からない内にもう片方へのバスセンターに到着するが待てど暮らせど目的のバスがやって来ない。来るのは帰りのバスだけで行きのバスが全く来ないのである。困った。これでは最前列の席を確保するなんて夢のまた夢であり、また圧縮地獄である。勘弁してくれ。

待っていても埒があかないのでバスの巡回路線を徒歩で移動する事にした。こうすれば通りのバス停を確認できる筈だしバスにも合える筈である。そしてその目論見は的中した。そうして会場に到着したのは予定よりも3時間オーバーの11時でVIPの待機番号は58番だった。2列目確定である。おお・・・神よ、キツネ様よ・・・。私にまたアレを繰り返せと申すのですか。
WP_000332.jpg
The Wiltern / Los Angeles

取り敢えず番号は貰ったので、碌に睡眠もとれずシャワーも浴びてないのでホテルに向かう。観光なぞ後回しである。
LAmap01.JPG
TCL チャイニーズシアター真裏にある「Orange Drive Hostel」。大通りから離れている閑静なホテルでスタッフの対応も良かった。何より出力のまともなドライヤーを借りられたのが大きく、これが本当に助かった。そうしてシャワーを浴びた後、3時まで仮眠をとりまた会場までとんぼがえりをする。ライブへの高揚感で気付かなかったが、14日にサンフランシスコへ到着してからというものまともな食事をしておらず流石に腹が減ったので会場近くのマックでダブルクォーターパウンダーを注文する。ご一緒にポテトはいかがですか?マックを利用するのは何年ぶりだろうか。カロリーの消費量が尋常ではないのでジャンクフードは寧ろ好都合だった。

待機列に戻り会場までの時間を潰しサンフランシスコ同様VIP列からの入場が始まる。向こうでもそうだったが、現地で日本人のファンの人がどうやら実費でグッズを作って待機列に配っているらしく、私も幾つか頂いたのだが何とも頭の下がる思いである。
hu.jpg

VIP列の入場が始まり会場に入るが、果たして58番でどこまで行けるか。ロサンゼルスの会場はPIT席とFLOOR席に分かれておりそれぞれが段差で分かれた構造になっている。私はPIT席を購入していたので番号が後ろでもそれなりに良い場所で見れる算段だった。
001a.JPG
そしていざPIT席に着いてみると、何と最前列が空いているではないか。何の因果か偶然か。私の前にいた筈の57人はその全てが最前列を狙っていたワケではなく、結果として私は最前列のそれも中央よりの場所を確保する事が出来た。キツネ様・・・ありがとうございます。右側お立ち台の真正面最前列。願っても無い場所だった。そして体調はすこぶる良かった。昨日のあの喧騒が嘘のようだ。何だかイケそうな気がする。後ろからの圧縮はあるだろうが多分大丈夫だろう。幸い私の両隣は日本人だった。

やがて開演時間となり照明が落ちる。神バンドが登場し歓声が上がり「BABYMETAL DEATH」のイントロが流れ出す。そして再び現れる三姫。SU-METAL、YUIMETAL、MOAMETAL。繰り返される二度目の邂逅。掻き鳴らされるギターサウンドとドラムの打撃音が響き渡る中、私は後ろからの圧縮に身構えた。来るなら来い。だが圧縮は起こらなかった。誰も前方に向かってはこなかった。はて、ロサンゼルスの住民は皆大人しいのだろうか。いや、多分そうではない。おそらくはPIT席が物理的に隔離されている事によって火種となる後方からの圧縮が存在しないのである。だからそもそも圧縮の流れが生まれず誰も前方に突撃する事が無い。助かった。そうとなれば後は全身全霊を以って盛り上がるだけである。

ペース配分を間違えたサンフランシスコの反省を踏まえ1曲目の「BABYMETAL DEATH」こそ抑えてはいたが圧縮が起こらないと分かったのでそこからは最後まで全力だった。キツネサインを高らかに掲げ、雄たけびを上げ、音楽に身を任せてヘッドをバンギングする。ヘッドバンギングなんて自分には遠い世界の出来事だったのに今ではその自分の首があらぬ動きをしている。まあ、首に負担がかかるので本当に軽めの動きだったが。しかし、ここ数年、下手をすれば10年近く大声を出す習慣なんてなかったので歓声を上げて喉が潰れないか心配だったのだが、サンフランシスコのライブを終えた今ではそんな事は全くなかった。寧ろ雄叫びを上げる自分の声の大きさとその音の高さに自分自身で驚いた程である。私はこんなにも高い声を出す事が出来たのか・・・。ライブで気分が高揚している事も作用しているのだろうが、何だか違う自分を見ているような不思議な感覚だった。

ロサンゼルスのライブは本当に楽しかった。サンフランシスコのライブが楽しむ余裕すら無かった事もあって、ロサンゼルスでは何もかもが最高だった。結局最後まで圧縮らしい圧縮は無くWall of Deathの際に多少詰めた位で後は本当に平和だった。と書くと何だか全員地蔵だったのかと思われるがまったくそんな事は無かった。寧ろ盛り上がりはロサンゼルスの方が上と言ってもいいくらいだった。一体感というのはこういう事なんだと実感できるくらい、特に前列の盛り上がりは異様であり完璧でもあった。圧縮が無い分ある程度自由に動けるし、無駄な体力の消耗も全く無いので最初から最後までペースが落ちることなく全員が息の合った合いの手をいれる事が出来ていたのである。サンフランシスコでは序盤で既に汗だくだったのがこっちでは最後まで殆ど汗をかかなかった位で、変な話驚くほど快適だった。

ライブの中盤、8曲目からの「メギツネ」「KARATE」「Road of Resistance」の3曲は特に激しい曲調で3曲ともC&Rがあり体力的にも結構消耗するセトリなのだがこの辺りの会場のテンションは何だがヤバかった。特に「メギツネ」のC&R後の全員でジャンプする所もそうだが、「メギツネ」は最初から私含めた前列が全員全力で踊っており異様な盛り上がりを見せていて、ただただ凄かった。続く「Road of Resistance」のC&Rの大合唱はもの凄い歓声でそれは最早絶叫に近いものだった。

そしてサンフランシスコではリタイヤしてしまった「イジメ、ダメ、ゼッタイ」。1stアルバムを聴き始めた当初こそ、そのゴリゴリのサウンドと歌詞のギャップに随分と戸惑っていたものだが、今ではすっかりダメジャンプを当たり前の様に繰り出している。こうして実際にライブで聴いてみると1stアルバム、2ndアルバムでそれぞれ気に入っている曲はあるもののやはりBABYMETALはこの曲あってこそだと強く感じる。人種に関係なく周りの人間が揃って「ダメ!」と叫びながらジャンプしている様は良く考えたら相当に可笑しかったが奇妙な連帯感があった。気付けば最後の曲も終わりを向かえていた。「We are !!」「BABYMETAL !!」。コール&レスポンス。ライブの終わりを惜しむかのように全ての観客が声の限り叫び続けていた。

「3・2・1 !!」

カウントダウンと共に三人が飛翔する。ライブが終焉へと向かおうとしている。残りは三人の挨拶を残すのみとなった。あっという間の12曲だった。サンフランシスコでは体調が悪かった反面、ロサンゼルスのライブは本当に時間の感覚が早かった。12曲という曲数のせいでもあるが、短い事への不満は無くそれくらい圧倒的な密度があった。諦めずに最前列を狙ったからこその充実感なのだろう。この場に立てた事にただただ感謝していた。

「I'll never forget today !!」

いつもの様にまた暗闇へと帰っていくBABYMETAL。私も忘れる事はないだろう。今宵の狂乱の宴の事を。彼女らにとってはこのライブも数あるものの一つに過ぎないのかもしれない。だが一時間半程度の短い間であっても、それは私にとっては生涯忘れ得ない様な強烈な体験となった。

ロサンゼルスの会場では最前列からお立ち台まで2m程度という手を伸ばせば触れられそうな距離だったが、それでも未だに彼女らに会えたという事の現実感は無かった。BABYMETALが基本的にMCを行なわないというスタンスをとっているせいでもあるが、彼女らは文字通り嵐の様に現れて去っていくからである。こちらの現実に降り立つことなく一方的にライブが行なわれ、あっという間に帰っていくそのスタイルは潔い反面、何だか雲を掴むようで実態感にまるで乏しい。だからこうして文章を書いている今でもあの時の感覚は体験として非常に強烈であった一方で非常にぼんやりもしている。恐らくこれはインタビュー等を読まなかった事にも起因しているのだろう。私の中で彼女らは未だに何を考えているのか分からない孤高の存在であり続けている。

BABYMETALを知ってからのこの3カ月は本当にあっという間だった。毎日がBABYMETAL漬けなので気が付くとBABYMETALの事を考えてしまっていた。そしてライブは凄かった。サンフランシスコでは苦汁をなめる結果となってしまったが今ではそれも良い思い出である。そしてロサンゼルスのライブのお陰でライブの楽しさを知る事が出来たのは本当に嬉しかったし、何より楽しかった。人生初のライブがBABYMETALで本当に良かったと思う。

現地含めこの3カ月の間にお世話になった方々、右も左も分からない私のために色々と教えて下さった方々、そして意図せずして全てのきっかけを与えてくれたフォロワーの方、神バンドのメンバー、SU-METAL、YUIMETAL、MOAMETAL、全てのBABYMETALスタッフに感謝を捧げつつこの場を締め括りたいと思う。






 
nice!(2)  コメント(2)  トラックバック(1) 
共通テーマ:音楽

nice! 2

コメント 2

Speakeasy

smithさん、はじめまして。

最近BABYMETALのファンになった者です。ソネブロでBABYMETALと検索してこちらへたどり着きました。

smithさんの繰り出す文章が、余りにも想像を絶する内容だった為に、失礼ながら“大笑い”しながら最後まで一気に読んでしまいました。

smithさんの決断力、行動力には感服いたします。

次のBABYMETALレポートも楽しみにしております!

by Speakeasy (2016-08-13 16:37) 

smith

>Speakeasyさん

ありがとうございます。
何せ3カ月分の出来事をまとめて書いたのでちょっと長すぎるかと思ったのですが、そう言って頂けると書いた甲斐があります。

多分私の様な極端なパターンは稀だとは思いますが、Speakeasyさんも是非私を反面講師としてほどほどにファンを続けていく事をオススメします(笑)。
by smith (2016-08-15 11:11) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1

トラックバックの受付は締め切りました
メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。