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『キラキラ☆プリキュアアラモード』第5話にみる物語の原動力 [アニメ]

つい先日、溜まりに溜まっていた『魔法つかいプリキュア!』を漸く観終わった。何故ここまで放置してしまったのかといえば、まあ某メタルダンスユニットを追いかけるのに忙殺されていたというのが一番の理由だ。放送が始まったのが2016年2月で頭の方はリアルタイムで観ていたのだが4月にあんな事が起こってしまったので映画もアニメもブログも完全に放置するハメになってしまった。(詳しくはBABYMETALのライブを観にアメリカ西海岸へ渡った話。を読んで頂きたい。)

『魔法つかいプリキュア!』についてだが残念ながらここで感想をつらつらと書きたくなる程のモノは得られなかった。本編然り、3DCGダンス然り。その前作である『Go!プリンセスプリキュア』が近年稀に見る傑作であった事からどう考えてもこれは超えられないだろうという不安があったが正にその通りになってしまった。引き込まれる要素が無く中盤辺りから既に惰性で見ている状態だったので観終わった後に残るものは殆ど無かった。

全体の構成自体は悪くはないが個々の話が散逸している印象が非常に強く、物語が存在してもキャラクターがそれに振り回されている状態が多かった。これは主役が2人になった事によるものなのかもしれない。主役が少ない分キャラクターを深く作り込まないと50話分のエピソード分を描き続けるのは難しい。実際『魔法つかいプリキュア!』では主役2人の個性が全く生かされないまま時折顔を出すだけで物語だけが前に進んでいってしまった。未来とリコである事の必然性は薄かった。

またEDのダンスアニメーションについても3DCGモデルの粗やモーションの違和感などこれまで右肩上がりだった完成度がついに崩れてしまい、他作品と比較してもこれまで確かに存在していた「プリキュアらしさ」が感じられなかったのが残念だった。台頭してきている他作品の3DCGダンスアニメーションと並ぶとそこに違いはあまり無い。良くも悪くも監督の作家性に依存するものなのだな、と。

現時点でこれを書いているという事は当然『キラキラ☆プリキュアアラモード』はまだ第5話までしか観れていない。そしてその時点でこれを書いているという事はまあそういう事である。

第5話「きまぐれお姉さまはキュアマカロン!」で登場した4人目のプリキュア「キュアマカロン」こと琴爪ゆかり。『ハートキャッチプリキュア!』以来の久しぶりの高校生プリキュア。
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キラプリは従来のシリーズと比較してもかなりデフォルメの度合いが強いポップなデザインとなっているが、そんな中で中学生の主役3人と高校生のゆかりが並ぶとそのギャップは凄い事になっている。ゆかりは所謂お嬢様キャラとしてデザインされており釣り目で細目、眉毛が長いのが特徴的で中学生3人とは意識して差別化が為されている。今作は久しぶりの5人体制だがチームワークが命な5人体制でこの凸凹なアンバランスさは珍しい。中学生3人に対して「大人」としてカテゴライズされてしまうと無意識に別物として分けてしまう可能性があるからだ。どうやら5人目も高校生らしい感じだが中々冒険している反面どうなるか楽しみでもある。
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琴爪ゆかりはよくあるタイプのキャラクターだ。成績優秀、運動神経抜群で美貌を兼ね備え何でも出来るが故に日常に退屈している、一見して欠点の無いタイプ。そして突然現れる主人公の宇佐美いちかが自分の日常を変えてくれるかもしれない存在となるのも良くある展開である。別に珍しい事ではない。これだけだったら他作品にも溢れているものだ。
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重要なのはここにおいてゆかりがいちかの手を引っ張って自ら非日常へ飛び込んでいくという点である。日常に退屈しているが故に非日常に対して行動を起こそうとするその積極性。勿論突然現れたいちかという非日常の存在に魅力を感じたという点も大きいが、いちかの「チャレンジ精神」という言葉に微かに反応している点はゆかりの人間性を表す一端でもあるし、何よりいちかの人間性が周りの人間を巻き込んで物語を進ませていくというのはいちかが主人公たる所以であり非常に重要な点である。そして何よりプリキュアにおける手を繋ぐという行為の重要性については言わずもがな。後のマカロンを作りに誘うカットでも手を繋いでいる。

その後のマカロン作りではその難度の高さ故にマカロン作りに「失敗する」という状態に陥りムキになる自分に恥ずかしさを覚えるが、そんなゆかりを目の当たりにしたいちかがゆかりの垣間見せる人間味のある行動に惹かれ、ゆかりの内面を好きになるという人間関係の変化は自然でありとてもスマートだ。そして失敗したマカロンにデコレーションを施してキラキラルが生まれると同時にゆかりの笑顔も引き出す、という様に前述したいちかが主人公たる所以が物語にしっかりと落とし込まれている。

これはあくまで主観だが、プリキュアにおける面白いエピソードは障害となる敵の存在が文字通り障害として機能し邪魔でしかない存在となる場合が多い。本エピソードでもゆかりといちかのマカロン作りにおいて敵の存在意義はゆかりのプリキュアとしての誕生以外に全く無い。敵がいちかのマカロンのキラキラルを吸い取るという部分のみが物語の動機であり敵の動機や形状は何でもいいのである。だからこそ敵に無駄な時間を割く必要が無いのでキャラクター同士の物語に時間を掛けられる。そしてそれ故に敵の存在が邪魔でしかなくなる。『Go!プリンセスプリキュア』もこのパターンが多かった。まあGoプリはそれすら物語に組み込んでしまうのだが。

如何にプリキュアとしてスムーズに誕生させるかというのはシリーズでも重要な要素の一つだと思うが、ゆかりの場合は端的かつ適切だ。
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「フフ・・・面白いわ!」

退屈な日常からの脱却。ゆかりだからこその台詞であり彼女の性格をこれ以上ない程的確に表現している。未知の存在に対する恐れの無さ、自らに対する自身、プライドの表れ。そういったものが全てこの一言に集約されている。

『キラキラ☆プリキュアアラモード』はアニメーション自体の質は非常に高いが細部の演出についてはツメの甘さが散見される。まだ序盤という事もあるが物語の動機や世界観の説明など従来のシリーズでは出来ていた事がおろそかになっている。こういったものは説明台詞に頼らなくともちょっとした描写や台詞で描けるものなのだがそれを怠っているので『キラキラ☆プリキュアアラモード』という世界に対して若干の居心地の悪さを感じている。

ただ、そこに来てこの第5話だった。これまで書いてきたとおり第5話は構成、脚本、演出が良く出来ており琴爪ゆかりのキャラクターとしての魅力も然る事ながら、いちかとの関係性の変化の仕方、何より彼女らの掛け合いを見ているのが楽しくて仕方が無かった。観ている間は何度も膝を打ち自分がプリキュアに求めていたものが漸く観れたのが嬉しくて仕方が無かった。あまり比較したく無いが、まほプリに足りなかったものはこの第5話に全て詰まっていると言っても過言ではない。第5話はキャラクターが物語を動かす原動力となっており、そのキャラクターである事の必然性がきちんと描かれている。起こる物事がキャラクターの人間性に密接に関連しているので見ていて気持ちが良い。キャラクターが生きているというのは正にこの事である。

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美しい。

琴爪ゆかりを観ているだけで幸せだ。彼女の登場によって本作における私の視聴動機は「琴爪ゆかりを見ていたい」事が最上のものとなった。別に笑い話ではなく4クール作品という長尺の作品において確固たる視聴動機というのは何にも代え難いものとなるからだ。この先彼女がどう変化し物語に関わっていくのか楽しみで仕方が無い。




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