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BABYMETAL夏の陣 サマソニ2016 ~君死にたもうことなかれ~ [音楽]

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前回BABYMETALのライブを観にアメリカ西海岸へ渡った話。


日本には4大ロックフェスというものがある。

・FUJI ROCK FESTIVAL
・ROCK IN JAPAN FESTIVAL
・RISING SUN ROCK FESTIVAL

そしてSUMMER SONIC。
毎年夏が近づいてくると流れてくるTVCMで何度も耳にしていたから、ライブやフェスに興味の無かった頃の自分でも流石にこれらのフェスの名前くらいは知っていた。TVの画面の中で繰り広げられる、真夏の日照りの中ステージ上でパフォーマンスをするミュージシャンと共に歌い踊り騒ぐ無数の人々を眺めながら「こんな世界があるのか」と驚くと同時に、インドアな趣味に浸る自分には死ぬまで縁の無い世界だと当時は思っていた。好きなアーティスト、気に入っている曲は移り変われど音楽に対する興味は尽きなかったが、ライブを観るという行為以上にこの狂乱の様相を呈したフェスという空間に身を投じる気にはとてもなれなかった。あまりに場違いというか価値観が違いすぎてとてもついていけなかった。

2016年を迎えるまでは。

前回にも書いたようにBABYMETALに興味を持った時点でライブに行こうと決めたので、開催が確定している東京ドームまでの国内公演分に可能な限り参加しようという事になったのだが、かといってどこへでも行けるほどの無鉄砲さは持ち合わせていない。北米のツアーを観ようと思ったのは近場にある中部国際空港から時間はかかれど座っているだけで目的地に到着出来るからであり、いくら国内とはいえ新幹線やバスや地元の列車を乗り継いで遠方の地へ行く気にはとてもなれなかった。まあこの辺りの感覚はオーストラリアに何度も行っている事によって変に身についてしまったものなのだが。

そのためBABYMETALが4大ロックフェス全てに参加するといってもこちらはとても全てを回る気にはなれなかった。何しろフェスに参加した事が無いのだからきなり全部回るのも流石に躊躇われるからだ。そうなると参加できるフェスは自ずと限られる。先ずはフジロック。新潟県の山奥の大自然に囲まれた苗場スキー場に臨時で建てた会場で開催されるらしいが、遠いので却下。次はロッキンジャパン。茨城の国営ひたち海浜公園で開催される~けど遠いので却下。そしてライジングサン。北海道~は遠いので却下。

何故こんなに遠いのか。

せめてアクセスの良い東京近辺とか無いの?いや会場直行のバスとか出ているのだろうが何故こんな僻地ばかりで開催されるのか。北海道てアンタ。最後はサマソニ。はい決定。名古屋からはバスでたったの3時間程度。大阪は何度も行った事があるからというのもあるが、何より周辺に何でもあるので泊りがけで行っても御釣りが来るほど充実している。これは行かない手は無い。というワケで私の人生初のフェスはサマーソニック2016大阪となった。そして、この時はまさかあんな目に遭うなど露ほどにも考えていなかった。

BABYMETALが参加するサマソニ2016の開催日は8月21日。USツアーの前の時点で3ヶ月に亘る筋トレは終わっていたので肉体の準備は完了していた。とはいっても別に筋骨隆々なガチムチボディになったわけではなく人並みな筋力が付いた程度である。ただ基本的に室内トレーニングがメインだったため当然ながら肌は真っ白だった。私の人生において片手で足りる程の回数だったハーフパンツを履くという行為がまさかフェスに参加する事で十数年ぶりに復活するとは思いもしなかったが、流石にこの如何にもインドア人間な肌の色でフェスに参加するのはちょっと躊躇われる。

という事で肌を焼いてみたのだが、普段インドアな人間が慣れないアウトドア的行為に挑戦する時は決まって失敗するのが世の常である。雲ひとつ無い快晴の真夏日の中、日向に足を投げ出して靴下を足首まで巻いて放置する事3時間。その時点で焼いていない部分との色の差は結構出ていたのだが翌日になってみると驚くほど肌の色が濃くなっていた。おお、これが肌を焼くという事か。何しろ自然に肌が焼ける事はあっても自分から進んで肌を焼いた事は一度も無かったのである。案の定肌を焼いた事の反動でヒリヒリする痛みはあったのだがこれも経験である。問題はそこからだった。

そもそも肌を焼かなければならないと気付いたのはサマソニ2週間前くらいの事で割りと急いでいたのだが、そのため自分がサマソニ当日にどのような格好で参加するのかを深く考えていなかったのである。当日は予報では天気は良い。間違いなく快晴だろう。真夏日なので上は当然Tシャツ、下はハーフパンツ、そして靴下はくるぶしまでの短いもの。そう、靴下はくるぶしまでの丈の短いものを履いていく予定だったのだ。恥ずかしながら私は今までそういった短い丈の靴下を履いた事が無かった。普段着が基本ジーンズなのでハーフパンツなどの膝から下が露出する格好を全くした事が無いのである。だから短い靴下は私の中ではファッションの手段として認識されていなかったのである。

そのため短い靴下は持っていないので大阪に着いてからユニクロによって買おうと考えていた。そして当日大阪に到着し、梅田に着き、ユニクロに寄り、念願の靴下を購入しいざ履き替えてみるとアラ不思議、何という事でしょう、肌が焼けているのはくるぶしの丁度上までだった。

やってしまった・・・!

靴下の丈の短さは我々の想定をはるかに超えていたのである。夏場なので当然スニーカーを履いていたのでくるぶしがはっきり見えてしまっており、そこには7cm程の太く真っ白なラインがはっきりと見えていた。どうみても「夏場にはりきって慣れない日焼けに失敗した人」である。サマソニの開始時間までもう幾ばくも無い。いっその事肌を同じ様な色で塗ろうとも思ったがそれをやってしまうともう人としてもう戻れない気がして流石に止めた。ではジーンズを履いてくるぶしまで隠して挑むか?いやそれは自殺行為だろう。仕方が無いので若干気落ちしながらサマソニ会場行きのバスが出ている駅まで向かうことにした。

コスモスクエア駅に到着しシャトルバスが出ている広場まで移動する。移動の勝手が分からなかったのでバスの当日券を1000円で購入する。当たり前だが凄い人の数だった。バスも十数台並んでおり何百という人が入れ替わり立ち代りバスに乗り込んでいく光景を前にしてようやく自分がフェスに参加しているという実感が沸いてきた。人ごみが嫌いなので休日よりも平日の外出を好む自分には縁の無い世界だったのだが、今は期待感しかないので人ごみの中でもすこぶる気分が良い。

バスに乗り込み幾ばくかの時間が経過した後サマソニの舞台である舞洲特設会場に到着する。事前に地図上でも確認していたが外から見ただけでもその敷地の広さが伺える。バスを降り会場へ向かう道中、向こうから2~3人の女子高生の集団が見え、すれ違う瞬間にクスクスと笑い声が聞こえた。もしかして笑われている!?くるぶしの日焼け跡によって私は疑心暗鬼に陥っていた。死ぬ程恥ずかしかった。会場のゲートに向かい入場に必要なプラチナチケット用のリストバンドを貰う。リストバンドを付けてくれるスタッフの方に声をかけられたが思わず断ってしまい四苦八苦しながら慣れないリストバンドを装着する。会場入り口の目の前にはドーム会場のソニックステージが聳え立っており階段を上るとフラッグがいくつも並んでいた。
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サマソニだ。

当日の天気は晴天でまさにフェス日和。当然日差しが直で当たる炎天下なのでかなり暑い。ソニックステージ周辺では日陰を求めて多くの人が座っていた。会場へ移動する際は普段着のTシャツを着ていたので早速戦闘服に着替える準備をする。街中でも見掛けていたが、流石に道中をベビメタTで過ごす勇気は私にはまだ無い。外で当たり前の様に着替えている人も見掛けたが取り合えずトイレを探しに会場を移動する。中ほどへ移動すると屋台がズラリと並んでおり塩分の高そうな食べ物に多くの行列が作られている。この暑さだとしっかり食べておかないと本当に持たないだろう。屋台近くのトイレで着替えた後クロークに荷物を預け早速ライブ会場へ向かう。

大阪サマソニは4つのステージに分かれている。海沿いのオーシャンステージ、野球のスタジアムを会場とするマウンテンステージ、一面草原のフォレストステージ、そして屋内ドーム会場のソニックステージ。会場が広くステージ毎の移動時間を考えると他のステージを回っている余裕もあまりないので今回はソニックステージ一本で行く事にした。何より他のステージを回っていては良い席が取れないからだ。プラチナ専用エリアがあるとはいえ、プラチナチケット購入者が少ないワケではないので下手をすればプラチナでも席が無くなる場合も当然考えられる。そもそも直前に会場へ入って席が取れる程ベビメタは甘くは無い。

会場へは昼頃に到着したので既にライブは始まっており、ソニックステージでは女性ボーカルを中心としたロックバンドTONIGHT ALIVEのライブが行われていた。会場内は思っていたよりも人がまばらでピットでは前半分に人だかりが出来ておりその周囲では余ったスペースで立って見ている人、座って見ている人が散見された。まあ、まだ始まったばかりで人も少ないというのもあるだろうが会場内の空気は良い意味で意外なほど緩かった。
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二階席から入った私はプラチナ専用エリアの座席へ向かったがここも人はまばらだった。プラチナ専用エリアはステージから向かって右手の二階席のみでピットには専用エリアは設けられておらず、ピットで見るには席を離れ通路に出てから階段へとしばらく歩いた後に会場一番後ろの入り口から入るしかなかった。つまり二階席の良い席で見続けるか、プラチナ専用エリアを捨てピットの前方で見るために早めにピットへ並ぶかの二択というわけだ。

その後ビリー・タレントというバンドの演奏が終わり、Acid Black Cherryのライブが始まる。名前は聞き覚えがある。聞き覚えがあるが似た様な横文字表記の名前のバンドがあった様な気がしてどれがどれだか分からない。確か女性ボーカルのバンドだった様な気が・・・。

男性だった。

Acid Black Cherry。通称ABC。自分の中でABCに関する記憶が徐々に思い起こされていく中で演奏が始まりようやく記憶と名前が一致した。ああ、このバンドか。そして一曲目の「Black Cherry」が流れ始め名前と、顔と、曲が一致する。国内の音楽シーンにさっぱりな私でも流石に、流石にこの曲は知っていた。フルで聴いた事は無かったがこの特徴的なメロディーラインと歌声は一度聴けば忘れる事はない。そして二階席から眺めていた事によって一階のピットが凄まじい様相を呈している事に気付かされる。

ABCはその外見もあって方向性としてはヴィジュアル系なのだろう。ファンは女性を中心としたものなのでソニックステージのピットもその殆どが女性だった。ピットの最前列にはステージから3m程の所に人の胸程度の高さの柵があるのだが、ピットに所狭しと並んでいる柵手前の最前列の女性陣は揃って柵を両手で掴み、頭ではなく、体を揺らしていた。いや揺らしていたなんてモノではない。柵を掴んだ両手を支点に頭だけではなく上半身、人によっては身体全身を使って前後に揺れる、というか暴れるその様はヘッドバンギングならぬボディバンギングだった。歌舞伎の様に長い髪を乱れまわし柵が壊れんばかりに揺れるその有様を言葉に表すならば、女性陣に対してこの例えを使うのは本当に申し訳ないが、それは檻を掴んで叫びながら暴れるゴリラそのものだった(ホントスミマセン)。

本当に異様な光景だった。
ABCのファン層が特殊なのか、ビジュアル系の女性ファンというのはこれが普通なのかは全く分からないのだが、二階席から見えるそれらは人として超えてはいけないラインを体現している様なそんな有様だった。何でもABCが大阪サマソニに参加するのは7年振りらしいが熱烈歓迎っぷりここに極まれりである。そうして驚いているとABCの全7曲の演奏があっという間に終わり、同時にピットのABCファンと思われる女性陣と次のバンドを見ようと後ろに並んでいた人達との入れ替わりが行われようとしていた。これぞ譲り合い精神。

ソニックステージのトリを飾るベビメタまで残り3組なのでそろそろ決断の時が近づいてくる。二階席から見るか圧縮を覚悟して一階のピット前方へ進むか。前回も書いたがベビメタを物見遊山で見物するという選択肢は存在しないので当然ピットへと向かった。ACBの次はANDY BLACKというバンドだ。16時台になっても会場の人はまばらで埋まっているのは前方のみでその周辺は殆どの人が座って見ている状態になっていた。私もステージ下手側の壁際に座って眺める事にした。サマソニに参加するミュージシャンの大半は知らない名前ばかりでANDY BLACKは勿論この後に登場するAT THE DRIVE INもBULLET FOR MY VALENTINEも初めて聞く名前だった。

ANDY BLACKのライブが中頃に入った時流石にそろそろ並ぶ必要があったのでトイレを済ませ水分補給用にポカリの500mlペットボトルを購入する。ドリンクホルダーは持っていなかったのでペットボトルは後ろのポケットに。ANDY BLACKの演奏が終わり休憩へ向かう人が離れていく中で私と同じ様にこのタイミングで前方を狙うために待ち構えていた人が我先にと人ごみの中へ突入していく。そのため予想よりもピット前方の密度は濃く、思っていたよりも後ろの方に並ぶ事になってしまった。前方の柵から9列目、横から3m程の位置だった。

失敗した。

見通しが甘かった。当たり前だが前方を狙っている人は思っていたよりもかなり多かったようで、これではサンフランシスコの時の様に圧縮による影響が一番大きいエリアで見る事になってしまう。残り2組なのでそれまでにある程度前へ進むことは出来るだろうが間違っても最前列は不可能だろう。とはいえサンフランシスコでは初めてのライブという事もあってペース配分を完全に間違えたせいで死にそうな目にあっただけなので自己管理をしっかりしておけば多少圧縮があっても大丈夫だろう。

しかしどんなに頭で考えていても、そうは問屋が卸さないのが常である。AT THE DRIVE INの曲は全部で11曲。当然全てが初めて聴く曲だったのだがMCが面白いのも相俟って楽しく聴く事が出来て、コール&レスポンスも積極的にしたくなる位にノってしまっていた。そのため曲数が多い事もあってライブが終わった頃には意外と身体を使っていた事に気付く。AT THE DRIVE INが終わりさらに後方からの圧縮がかかり多少前方へ移動する。この頃にはもうピット前方から抜ける人が殆どいないので気のせいかピリピリする様な緊張感を感じ始めていた。そしてBULLET FOR MY VALENTINEのライブが始まる。

「BULLET FOR MY VALENTINE」。
名前からもそれがハードロックやメタル系のバンドである事は直ぐに分かった。一曲目のNo Way Outが流れ、理解する。これはヘヴィメタルだ。ゴリゴリの。しかも普通に格好良い、好みのタイプの曲調だった。甲高いシャウトと印象的なギターのリフ。この数ヶ月で聴き慣れたメタルサウンドに私の身体は無意識に反応し、気が付けば周りの人達と同じ様に右手を頭上へ掲げていた。初めて聴く曲でもコール&レスポンスに即座に反応し歓声を上げていた。そして6曲目を終えた辺りだろうか。自分の身体がかなり消耗している事に気付いた。

しまった。
時既に遅し。頭では分かっていた筈なのに気付いたらまた無計画に暴れてしまっていた。ソニックステージの会場は既にかなりの人が入っておりピットの圧縮具合からもそれが分かる程だった。そのためピット周辺の温度はかなり上がっており酸素濃度も薄くなって明瞭な思考を保つことは難しくなっていた。そして水分補給をしようとポケットに入れておいたペットボトルに手を伸ばした瞬間背筋が凍りついた。ポケットには何も入っていなかったのである。ある筈のポカリ500ml。唯一の生命線。ペットボトルを落としたことを気付かない程にライブに酔っていたのだ。これは計算外だった。そして水分補給が出来ない事がどれ程恐ろしいかは既にサンフランシスコで経験済みだった。だがペットボトルを落としてもライブは続いていく。SHOW MUST GO ON。取り敢えずはこのライブを乗り切ろう。後の事はその時考えれば良い。

しかしこの時点で体力は殆ど尽きてしまった。BULLET FOR MY VALENTINEの曲はどれもゴリゴリの曲ばかりだ。尽きかけた体力を温存しようと休んでいても、ステージ左右に取り付けられた巨大なラインアレイスピーカーからは常にみぞおちを圧迫するようなサウンドが流れ続けている。あと何曲あるのだろうか。もう既に10曲近く演奏している気がする。私と同じ様に最初はノリにノっていた周囲の人も今ではすっかりなりを潜め明らかに憔悴している事が分かった。そして、皆が同じ事を考えている事が手にとるように分かった。

一体、いつ終わるのか・・・。

曲が終わりMCが入りまた新たな曲が始まる。私の周囲ではもう曲に合わせて飛び跳ねている人など殆どいなかった。文字通り地蔵の様な面持ちで無の境地に達しようとしていた。水分補給もままならない私の身体は本当に限界に達しようとしており、これではピット脇に退避しようにもそもそも身体が動かなかった。その時である。足元に何かの感触が当たっているのを感じる。明らかに靴に何か重量のあるものが当たっていた。光明を見出すとは正にこのことだ。これは明らかに中身の入ったペットボトルの感触だった。助かった。まさかこの状態であのポカリ500mlに巡り合う事になろうとは思いもよらなかった。そして無くしたポカリ500mlと拾い上げようと手を伸ばした瞬間違和感に気付く。何か違うのだ。これは私の落としたポカリ500mlではない。あなたが落としたのは金のポカリ500mlですか?それとも銀のポカリ500mlですか?

拾い上げたポカリは900mlのペットボトルだった。

増えてる。いや落ち着け。これは私のポカリではない。同じ様に落とした人がいたのだ。それにしてもピット前方で見ながら900mlのペットボトルを持参するとは一体何を考えているのか。落として当然である。しかし一体どうしたものか。自分のではないにしろ再びこのポカリ900mlを野生に放った場合、踏んで転んでしまう可能性が十分考えられるので危険だ。それに何より自分は他に水分補給手段が無い。

「止むを得ない」という言葉がある。
そうするよりほかに方法がない。しかたがない。という意味である。そう仕方が無いのである。もう私の身体は限界だ。このままでは本当に脱水症状と酸素不足によってこの場で意識を失ってしまうだろう。それだけは避けたいし周りの迷惑をかけてしまう。刑法上、自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。という緊急避難の条文があるではないか。そうだ。これは仕方が無いのである。そうして私は誰のものとも知らない飲みかけのポカリ900mlを飲みだした。普段の自分なら絶対にありえない事である。ただ、生命には替えられなかった。

美味い。生き返る。常温だったが身体にポカリが染み渡るのが感じられる。体温が幾ばくか下がり意識が幾分はっきりしていく。助かった。元の持ち主には申し訳ないがお陰で本当に生き返った。これで何とか切り抜けられそうである。そうして水分補給をした後も延々と地獄が続くかと思われた時ようやくライブが終わった。結局BULLET FOR MY VALENTINEは11曲も演奏していた。長いよ。

さて、BULLET FOR MY VALENTINEが終わってもこの寿司詰め状態は全く解消される事は無い。流石にまずいと感じたのか周りで何人かが退避していったが私は正直迷っていた。水分補給が出来たとはいえ身体は完全に消耗していて立っているのがやっとで正直吐きそうだった。とてもこの後にベビメタのライブを完走する程の気力も体力も無かったのである。ここは潔く引くべきかー。ベビメタのライブの持ち時間は1時間。セトリは大体予想できるので何の曲が来るかは大体分かる。開始時間まであと40分位あるが取り合えずこの場で休んでみて本当に駄目ならその時退避しよう。

そうして私は目を瞑りその場で死んだように立ち尽くした。会場の頭上に取り付けられたであろう送風機による風が時折肌を撫で僅かながらに周囲の温度を下げてくれる。10分、20分が過ぎた頃、気付けば気分が大分楽になっていた。思考は明瞭さを取り戻し多少の気だるさは残っているものの吐き気やみぞおち辺りに残っていた違和感は殆ど無くなっていた。何だかいけそうな気がする。この体調の戻り方を見るにどうやら軽い脱水状態になっていたらしい。ポカリを拾って本当に良かった。元々700mml程度残っていたポカリもカラになりもう退路は完全になくなってしまった。ここまで体力が回復すれば何とか最後まで完走する事は出来るだろう。最早私はベビメタのライブを楽しむのではなく生き残る事が至上命題となっていた。

そうこうしている内にステージ上にはBABYMETALの文字の入ったバックフラッグが掲げられ、ドラム、ギター、ベース、三人のお立ち台が次々と設置されていった。機材の調整が終わり神バンドの面々が入場してくる。上がる歓声。私にとっては3回目の光景だ。鳴り始める「BABYMETAL DEATH」のイントロに続いて3人がいつもの様にステージ下手から颯爽と現れる。だが今回はかなり見難い。ベビメタ開始時点で結構前方まで行く事が出来たがそれでも前方にはまだ6列位あるので今までで一番遠い。そして2バスの連打に続いて「ベビメタDEATH」のシャウト、ギターのリフが掻き鳴らされる。

「DEATH!DEATH!DEATH!DEATH!DEATH!」

キツネサインを両手で掲げながら一糸乱れぬ動きで飛び跳ねる観客。私にとっては国内初のベビメタライブだが今まで映像で見てきたように国内での観客の統制っぷりは見事なものだった。皆が当たり前の様にキツネサインを頭上に掲げ飛び跳ねている。それは完全に異様な光景だったが、これが当たり前の様に行われていると考えるとBABYMETALという存在が如何に特異であるかが良く分かる。続く2曲目の「ギミチョコ!!」では海外の時と変わらず本当にこの曲は人気があるのだと実感できる位盛り上がっていた。私は曲単体では「ギミチョコ!!」はあまり好きではないのだが、この曲はライブでこそ真価が発揮される。彼女らのパフォーマンスがあってこそ始めて完成する曲なのだ。ライブで体験するとこの曲が何故人気なのか良く分かる。だから私もペース配分など完全に忘れて狂ったように暴れていた。キツネサインを掲げ声の限り叫んでいた。

続く「あわだまフィーバー」と神バンドソロを挟んでの「Catch me if you can」でも盛り上がりは衰えることを知らず圧縮、モッシュ、サーフが次々と発生していて私の頭上でも何人もの猛者が流れていき時折足が顔をかすめそうになる。サンフランシスコで鍛えられたせいで最早サーフは慣れてしまった。そうして5曲目の 「META!メタ太郎」が終わり「メギツネ」が始まろうとする所で私の身体はまたもや変調をきたしていた。そりゃそうだ。回復したとはいえそもそも完全に消耗していたのだからライブを完走するだけでも精一杯だったはずである。だが3人が目の前に現れると冷静ではいられないのである。気が付くとキツネサインを掲げ声をあげてしまうので抑えるなんてのは土台無理な話だったのだ。

「メギツネ」のイントロに合わせ3人が艶やかな着物姿でお面を付けながら登場するのを尻目に私の体力はもう無くなっていた。もう無理だ。飛び跳ねるのは勿論声を上げるのもままならないしコール&レスポンスなんてもってのほかだ。私はまたもや地蔵になりはて頭上の送風機から微かに送られる風を少しでも受けようと頭上に右手を掲げていた。補給する水分も無いのでこれだけが救いだった。そしてキラーチューンの「KARATE」に続き「Road of Resistance」が始まりいつもの様に後方ではサークルやウォールオブデスが発生し前方はさらに圧縮される。私は何とか圧縮によるダメージを軽減しようと両腕を使って前方のスペースを確保し腹部が圧迫されないように必死に抵抗していた。アンコールでは「イジメ、ダメ、ゼッタイ」が流れ留まることをしらないピットの面々は終わりを惜しむように狂ったように盛り上がっていた。

一体どこからそんな体力が・・・!

流石に年季の入った観客は違った。ライブが2回、フェスが初めての私の様な新米では歯が立たなかった。これがフェスか・・・。単独ライブとはまた違うペース配分が必要な事をこれでもかと思い知らされた。曲も終わりを向かえいつもの様に3人が飛翔する。

「See you!!」

終わった。初めてのフェスが。そして痛感した。脚こそつらなかったものの完全にサンフランシスコの二の舞だった。ベビメタの後半は完全に楽しむ余裕さえなく生き残る事に必死だった。まあ、本当に楽しいのだから仕方が無い。「BABYMETAL DEATH」のイントロが流れてしまうだけで舞い上がってしまうので冷静でいられるほうが無理な相談である。だから死にそうになっていた事については残念極まりないが後悔はしていない。これが私の今の全力だからだ。死にそうな目にあったけどやはりBABYMETALのライブは楽しくて仕方が無い。今後場数を踏めばペース配分も体が覚えてくれるだろう。今はまだ無心で楽しみたかった。

会場には凄まじい人数の人が入っていたので出るのも一苦労だった。何しろ出口が狭いので少しずつしか前に進めないのである。喉が渇きすぎて流石に死ねる。何とかフロアを抜け出し長蛇の列を形成している階段を上り廊下に備え付けてある自販機にたどり着く。廊下ではスタッフが会場からの速やかな退場を促していたので取り合えずどれでもいいので飲み物を購入し会場内の熱気を後にする。時刻は21時を回ろうとしていたので流石に気温も大分下がり体調も多少ましになった。案の定500mlのペットボトルは一瞬でなくなったので道路を挟んで直ぐ向かいにあるコンビニへ向かった。当然ながらコンビニでは同じ様に水分を求めて店外まで人が並んでいた。周囲に自販機はないし探せばあるのだろうがその気力も無いので列に並ぶ事にした。15分位かかってようやくレジまで辿り着き飲み物を購入する。

み、水・・・!!

歩く気力も無いのでシャトルバスへ向かう前に会場周辺で一休みをする。周りに座っている人々も大方下を向いてうな垂れている。いつまでもここにはいられないのでしばらくした後バス停場まで移動する。頭からつま先まで完全に汗を吸ってしまっていたので今すぐにでも着替えたかったがその気力も無かった。バスに乗りコスモスクエア駅へ到着し梅田駅まで向かう。帰りのバスを明日にしておいて本当に良かったがまさかここまで消耗するとは。手近なネットカフェで休憩するため梅田の商店街へベビメタTシャツのままとぼとぼと歩いていると、大学生くらいの集団とすれ違った時に私のTシャツに気付いたのか後ろの方でベビメタの歌を口ずさむのが聴こえた。ああ、本当に有名なんだなぁ。国内での知名度をイマイチ図りかねていたがメディアに登場しなくともそこには確かにネットの影響が存在していた。

TVにもラジオにも全く露出しない、インタビューは基本紙面のみ。MCも無くBABYMETALのメンバーの言動が世間に出る機会が限られてもBABYMETALの影響は確実に伝播している。日本でも海外でもそれは同じだ。後にも先にもこんなのは彼女達だけなのかもしれない。もし見た目だけの存在だったならこうはいかなかっただろう。多くの人が会場に詰め掛け我先にとステージ前方を目指し巨大なサークルやWoDが形成され熱狂する。そこに確かな実力があるからだ。そして自分がこれ程までに入れ込み心酔しているのもそれがあるからこそだった。まだアルバムを2枚しか出していない彼女らがこの先一体どんな活躍をするのか、これを書いている今でも全く予想できないしそれが楽しみで仕方が無い。



2016年4月にBABYMETALに出会ってもう1年と10ヵ月が経過した。この時はまさかあの様な出来事が起きるなんて、しかもよりによって人生で一番好きになったバンドでこんな事態になるとは露ほどにも考えてなかったが人生とはそういうものである。だからこそ歯がゆくて仕方が無い。私にとっては短い期間だったが2013年からのおよそ5年間、神バンドとして長くサポートに携わり国内外を問わず多くのライブに参加して頂いた小神サマこと藤岡幹大氏には感謝しかない。駄文で恐縮だがこの文章を以って哀悼の意を表しつつ大阪サマソニ2016の記録として締めくくりたい。

本当にありがとうございました。






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コメント 2

Speakeasy

前回の「BABYMETALのライブを観にアメリカ西海岸へ渡った話。」に続いて、一気に読みました!
文章が面白いので、あっと言う間でした。
日焼けやら服装の心配まで、ホントお疲れ様でした!
いや~、他人のペットボトルを開けるのは、勇気がいりますね(笑)
今後のライブ報告も、楽しみにしております。

そして、藤岡さんの死は余りにも急な話で、非常にショックでした。
月並みな言い方ですが、安らかにお眠り下さい・・・
他に言葉も見つからず、申し訳なく思ったりします。

by Speakeasy (2018-01-24 23:03) 

smith

>>Speakeasyさん

ファン暦が短い上に突然すぎる出来事だったのでしばらく実感が無かったのですが、追悼文を書いている途中でこみ上げるものがあって思わず泣きそうになりました。本当に言葉が無いです。昨年末の聖誕祭に続いて辛い事が重なりますが残された人達にとって良い年であって欲しいと願うばかりです。
by smith (2018-01-27 22:02) 

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